TL;DR: 日本人がオランダで独立・自営業として滞在するための事実上の主軸ルートは「自営業ビザ (Verblijfsvergunning voor arbeid als zelfstandige)」です。米国市民専用の DAFT は日本人には使えません。申請料は IND €423、KvK 登録 €80.10、所要日数は最大 90 日。本記事では IND/RVO/KvK の公式情報を一次ソースとして整理し、私が 2025 年に実際に移住した経験を交えて、必要書類・3 軸評価・業種別ノート・日本側の事前準備までを 1 本にまとめます。
なぜ日本人には「自営業ビザ」が事実上の主軸なのか
オランダで独立して働きたい日本人にとって、最初に直面するのが「自分はどのビザで入れるのか」という問いです。海外移住メディアでよく目にする DAFT (Dutch-American Friendship Treaty) は米国市民・トルコ市民・台湾市民が対象で、日本人は使えません。私自身、2025 年に NL に移住するときに最初に確認したのがここでした。
DAFT は日本人不可、日蘭間には別の枠組みがある
DAFT は 1956 年の米蘭条約に基づく特権で、米国市民は €4,500 の事業資金があれば IND の自営業ビザより緩い条件で滞在許可を得られます。一方、日本人とオランダ政府の間にはこの種の特恵条約はなく、通常の自営業ビザ (Self-employed permit) または高度人材・スタートアップ等の別ルートで申請します。
ただし日蘭間には 日蘭通商航海条約 (1912) や 日蘭社会保障協定 (2009) など複数の条約があり、これらは「滞在許可」自体には直接働きませんが、関連手続き (年金通算・二重課税回避) では大きな意味を持ちます。これらは別記事で深掘りしますが、本記事では「ビザ取得」にフォーカスします。
自営業ビザの正式名称と法的根拠
IND の公式呼称は次の通りです:- 英語: Residence permit for self-employed person- 蘭語: Verblijfsvergunning voor arbeid als zelfstandige
法的根拠は Vreemdelingenwet (オランダ入管法) で、IND が直接受け付ける sponsorless application (招聘者なしで本人が申請する形式) です。事業計画の評価は RVO (Netherlands Enterprise Agency) が並行して行います。
日本人が選べる他の在留資格との比較
「自営業ビザ」だけが選択肢ではありません。年収・職種・家族構成によっては別ルートのほうが楽なケースもあります。
- Knowledge Migrant Permit (高度人材ビザ): NL 国内のスポンサー企業が必要、給与下限あり、所要日数最短 2 週間。雇用される場合に最適。
- Start-up Visa (起業家ビザ): 認定 facilitator の事業計画指導を受けるのが条件、革新性が高い事業向け、初回 1 年。
- Partner Visa (パートナービザ): NL 国民・永住者のパートナーが対象、自営業可能だが事業計画評価は不要。
- EU Blue Card: EU 圏内移動を視野に入れる場合の高度人材枠、給与下限が Knowledge Migrant より高い。
- Orientation Year: NL の大学を卒業した日本人が 1 年滞在し、その間に他のビザに切り替える猶予期間。
「いきなり自営業ビザがベスト」とは限らないので、ご自身の経歴・家族構成・事業内容を踏まえて選んでください。これらの比較は別記事でさらに深掘りします。
自営業ビザの 3 軸評価システム —— 何で判定されるのか
自営業ビザの最大の特徴は「事業計画の中身が評価される」という点です。Knowledge Migrant や DAFT のように年収や事業資金の額だけで決まるのではなく、IND は RVO に事業計画の評価を依頼し、その結果も加味して滞在許可を判断します。
評価される 3 つの軸
公式に名称が明示されている評価軸は次の 3 つです。
- Personal Experience (個人経歴): 学歴・職歴・実績・スキル
- Business Plan (事業計画): 事業内容・市場分析・財務計画・実現可能性
- Added Value for the Netherlands (オランダ経済への付加価値): 雇用創出・イノベーション・投資・専門性の希少性
各軸はポイント制で評価されます。正確な配点と合格点は IND の最新ガイドで頻繁に更新されるため、本記事執筆時点 (2026-05-27) の数値を引用するより、申請直前に IND 公式 (https://www.ind.nl/) で直接ご確認ください。
Personal Experience の見られ方
「あなたは何者か」が問われる部分です。具体的に評価されやすいのは:
- 関連分野での 実務経験年数 (5 年以上が一つの目安)
- 学位 (修士以上は明確に加点、博士は強い)
- 業界での認知 (受賞歴・著作・登壇歴)
- 事業の連続性 (前職と提案事業の関連性、まったく未経験の業種は不利)
私は IT・コンサル領域での実績と日本での会社経営経験を Personal Experience セクションに盛り込みましたが、書類化のときに苦労したのは「評価官が読んで一発で『この人なら NL でやっていけそう』と納得できる構成」になっているかどうかでした。CV をそのまま貼り付けるのではなく、評価軸に沿った再構成が必要です。
Business Plan の最低要件
事業計画は 英語または蘭語 で提出します。求められる主要要素:
- 事業概要 (1 行で何屋か、3 段落で詳細)
- 市場分析 (TAM/SAM/SOM、競合 5-10 社、差別化要因)
- 顧客セグメント (誰に売るか、どこにいるか、何を解決するか)
- 収益モデル (単価・想定 LTV・粗利率)
- 3 年財務計画 (売上・原価・販管費・営業利益、月次 or 四半期)
- マーケティング戦略
- オランダ法人 vs Eenmanszaak の選択理由
- 資本金・初期投資・運転資金
RVO は「事業の実現可能性」と「オランダ経済への寄与」を厳しく見ます。「日本で同じ事業をやっていて NL に支店を作る」というケースは説明しやすい一方、「NL でゼロから新事業を立ち上げる」場合は市場調査の深さが評価を分けます。
Added Value の評価項目
これは日本人申請者がいちばん悩む軸です。「オランダ経済にとって、なぜあなたを受け入れる価値があるのか」を説明します。よく評価される観点:
- 雇用創出 (オランダ人を雇う計画、何人何時間)
- イノベーション (NL に存在しない / 少ないサービスの提供)
- 対日輸出 や 対日連携 (NL 企業と日本市場をつなぐ役割)
- 専門性の希少性 (日本固有の技能、言語、ネットワーク)
- 税収貢献 (3 年計画での年間税負担見込み)
「日本人だからこそできること」を意識的に書くと差別化しやすくなります。
必要書類と申請プロセス —— 90 日の実体験タイムライン
ここからは「実際に何を、いつ、どこに出すか」を整理します。
日本での事前準備 (申請の 30-60 日前)
NL に入国する前に日本側で揃えておく書類:
- パスポート (有効期限 6 ヶ月以上、子も全員分)
- 戸籍謄本 + apostille (3 ヶ月以内発行、家族構成証明)
- 婚姻関係証明 + apostille (該当者)
- 出生証明 + apostille (該当者、子の場合)
- 学位記 / 卒業証明 + apostille (英訳付き)
- CV (英語、最大 2 ページ、評価軸に沿った構成)
- Business Plan (英語または蘭語、20-40 ページ目安)
- 財務書類 (個人預金残高、過去 2-3 年の確定申告写し)
- 健康診断書 (一部のケースで要求、不要なことも)
apostille は 外務省の認証 (https://www.mofa.go.jp/) で取得します。日本の外務省で公印確認 → 蘭大使館の認証、または apostille 一発で済むパターンがあります。
NL 到着後の手続き順序
入国後の標準フローはおおむね以下の順序です:
1. gemeente (自治体) に到着登録 + BSN 申請 - 住所証明書 (賃貸契約書) と上記 apostille 付き書類が必要 - BSN (市民番号) は税務・銀行・健康保険のすべての起点2. bank account 開設 - 私の場合 bunq を最初に開設 (5 分、ID と電話番号のみ)、後で ABN AMRO を追加 - ING / ABN AMRO は店舗で本人確認、即日開設できないケースあり3. 健康保険 (zorgverzekering) 加入 - 入国から 4 ヶ月以内に加入義務 - CZ / VGZ / Zilveren Kruis 等から選択4. IND 申請 (sponsorless application、自営業ビザ) - 申請料 €423 (主、2025 年時点) - RVO に事業計画が回り、並行評価5. KvK 登録 (IND 承認後) - Eenmanszaak (個人事業) の場合 €80.10 (2025 年実費) - B.V. (有限責任会社) の場合は公証費用込みで数万円~6. Belastingdienst から VAT 番号 (Btw-nummer) が自動発行
処理日数と並行プロセス
IND の公式処理日数上限は 最大 90 日ですが、RVO の事業計画評価がボトルネックになりやすく、現実には 3-6 ヶ月を見ておくのが安全です。書類が完璧でも RVO から追加質問・補足要求が来ることが多く、私の場合は 2 ラウンドのやり取りがありました。
費用の全景 —— 初期投資はいくら必要か
「自営業ビザは安く済む」と言われがちですが、実際にかかる費用を整理すると次のようになります。
政府・公的機関への支払い (2025 年実費・最新は要確認)
- IND 申請料: 主申請者 €423 / 配偶者 €254 / 子 1 人 €85
- KvK 登録料: €80.10 (Eenmanszaak)
- 健康保険 (zorgverzekering): 月 €130-200/人 (プラン次第)
- gemeente の住民登録: 無料
- BSN 取得: 無料
家族 4 人で IND と KvK だけで約 €1,000、健康保険を月 €600 とすると初年度の保険料だけで €7,000 超になります。
書類関連
- apostille (外務省認証): 1 通あたり数千円、家族 4 人分で 1-2 万円
- 英訳・蘭訳の公証: €100-500 (書類量による)
- 写真・郵送・コピー: 数千円
事業計画 / 移住エージェント (外注する場合)
自分で全部やるなら 0 円ですが、専門家に頼む場合の相場は次のとおりです。
- YourLegals: サービス料 €1,750 + IND €423 (公式記載、2025 年時点)
- Tulip Expat Services: パッケージ価格は要見積もり、ビザ + 住居 + 銀行サポートで €3,000-5,000 が目安
- Expat Republic / GMW Lawyers / Holland International / Legalmente: 各社レンジ €2,000-7,000 (詳細は別記事で比較予定)
初期生活費 (4 ヶ月分目安)
- 賃貸デポジット (家賃 2-3 ヶ月分): Amsterdam で €4,000-9,000
- 引越し・初期家具・家電: €2,000-5,000
- 4 ヶ月分の生活費 (4 人家族): €8,000-12,000
家族 4 人で 4 ヶ月の自営業ビザ申請 + 生活立ち上げ に必要な手持ち資金はおおむね €25,000-40,000 (約 400-650 万円) が目安です。これは IND 申請時に「自営業として生計を立てられる」と示す財務資料にも直結します。
失敗パターンと回避策 —— 5 つの落とし穴
実際に申請が拒否されるケースで多いパターンを整理します。
1. Business Plan の市場分析不足
「NL でどれくらいの規模で、誰に売るのか」が数値で書かれていない事業計画は、RVO 評価で減点されます。TAM/SAM/SOM を雑にコピペした計画はすぐ見抜かれます。市場規模・競合・差別化の三点セットは最低限の defense line です。
2. Personal Experience と事業計画の乖離
未経験業種にいきなり参入する計画は説得力を欠きます。「日本でやっていた事業を NL に展開する」または「日本での専門性を活かす別事業」のように、経歴と計画の 連続性 を強調することが重要です。
3. Apostille / 翻訳の書類不備
外務省 apostille の有効期限 (発行から数ヶ月) や、英訳の公証印が抜けているなど、フォーマット上の不備で受理されないケース。私もここで一度差し戻されました。
4. Added Value の曖昧さ
「サービスを提供します」「経済に貢献します」のような抽象的な書き方は加点されません。何人雇うのか、いくら税金を払うのか、どんな技能を持ち込むのか を具体的な数値・固有名詞で書く必要があります。
5. RVO 評価中の事業計画変更
申請後に「実は事業内容を変えました」と途中で報告すると、評価のやり直しになり時間も信頼も失います。出した計画と実際の事業の整合性は申請後 1-2 年は重要です。
業種別ノート —— 5 つの代表業種
申請が通りやすい業種・通りにくい業種があります。あくまで一般論ですが、傾向として次のとおりです。
IT フリーランス / SaaS 開発
NL は ICT 人材不足 が公的にも指摘されており、IT 分野は Added Value で加点されやすい業種です。リモートで日本企業向けに開発する場合でも「NL でゼロから新サービスを開発し、欧州市場に展開する」というストーリーで Added Value を補強できます。
コンサルティング / 専門サービス
Personal Experience の重みが大きい業種。前職での実績、顧客リスト (匿名でも可)、過去のプロジェクト規模を具体的に書きます。日本市場へのアクセス・日本企業との接点は Added Value として強力です。
飲食店 / 小売
NL 市場は競合が多く、「もうひとつ寿司屋を作る」ようなプランは Added Value を立証しづらい業種です。ニッチな日本料理 (関西料理専門 / 和菓子専門 / 発酵食品 etc.) や 新規業態 (ロボット運用、AI 注文) など差別化要素が必須。
投資業 / 資産運用
純粋な「投資収益で生活する」プランは Self-employed 認定が難しいです。運用会社・アドバイザリーとしての事業性 を示す必要があり、Box 3 課税 (個人の資産課税) との整合も重要。
クリエイティブ (デザイン / 執筆 / 動画制作)
Portfolio が決定的に効きます。過去作品 (URL or PDF)、受賞歴、クライアントロゴ (匿名可) を Business Plan に添付。日本独自の感性・素材を活かす方向で Added Value を作ります。
日本側の事前準備 —— 90/60/30 日タイムライン
NL 入国の何日前に何を始めればよいかをタイムラインで整理します。
90 日前
- パスポート残期確認 (有効期限 6 ヶ月以上必須)
- 戸籍謄本・婚姻関係証明・出生証明の取得 (発行から 3-6 ヶ月以内)
- 学位記英訳 + 公証
- 健康診断 (家族全員)
- Business Plan の初稿 (英語または蘭語) 完成
- NL の住居検索開始 (Funda.nl / Pararius / Marktplaats など)
60 日前
- 外務省 apostille 取得 (上記書類の認証)
- 公証翻訳の手配
- 預金・有価証券の整理 (申請時の財務資料)
- 日本側の事業の引き継ぎ・継続体制
- 国際引越し業者の見積もり (船便 6-8 週、航空便 1-2 週)
30 日前
- 住居契約 (NL 入国前 or 入国直後)
- 賃貸契約書を IND 申請用に英訳
- 日本側の住民票・国民年金・健康保険の手続き準備
- 在留届の事前準備 (NL 大使館 https://nl.emb-japan.go.jp/)
- 銀行送金の確認 (Wise / SWIFT の手数料比較)
NL 入国直後 (Day 0-14)
- gemeente で BSN 取得
- bank account 開設 (bunq は当日可、ING/ABN は予約)
- 健康保険加入 (入国 4 ヶ月以内が義務)
- IND オンライン申請開始
- KvK 登録準備 (IND 承認後)
詳細な日本側の住民票・国民年金・住民税の判断は 「日本の住民票を抜くべきか」 (公開予定) で深掘りします。
取得後の更新・永住権・帰化への道
自営業ビザは一回取れば終わりではありません。継続的な更新と、その先の永住権・帰化への道筋を理解しておく必要があります。
初回ビザ期間と更新
初回は通常 2 年 の residence permit が発行されます。更新時には「事業が実際に動いていて、計画通りに進んでいる」ことを示す必要があります。よく見られる更新条件:
- KvK 登録の継続
- Belastingdienst での申告履歴 (Btw / 所得税)
- 過去 2 年の売上・利益 (事業計画に対する進捗)
- 健康保険加入の継続
- gemeente 住民登録の継続
「事業が赤字でも更新できるのか」は個別ケース次第ですが、継続的な売上があり生計を立てられていることの証明が求められます。
永住権 (Permanent Residence) — 5 年後
NL に合法的に 5 年連続で住み、安定収入・健康保険・蘭語要件 (A2 レベル) を満たすと永住権を申請できます。inburgering examen (社会統合試験) の合格が条件となるケースが多いため、移住 2-3 年目から準備を始めるのが現実的です。
帰化 — 5 年後
永住権と同様に 5 年居住が起点ですが、日本国籍を放棄する必要があります (日本は二重国籍を原則認めない)。NL 国籍を取るかどうかは家族構成・将来計画によって慎重に判断すべきポイントです。
30% ruling との関係
30% ruling (高度人材に対する税優遇) は 被雇用者向け の制度で、自営業者 (Eenmanszaak) は対象外です。B.V. (有限責任会社) を設立して自分を給与社員にすれば 30% ruling 対象になりうるケースもありますが、設計が複雑なので税理士との相談を推奨します。
まとめ —— あなたが次にやるべきこと
長くなりましたが、本記事のポイントを 5 つにまとめます。
- 日本人の自営業ルートは「自営業ビザ」が主軸。DAFT は使えない。
- 3 軸評価 (Personal Experience / Business Plan / Added Value) を意識した申請書類を作る。
- 費用は家族 4 人で €25,000-40,000 (約 400-650 万円) の手持ちを準備。
- 失敗パターン 5 つ (市場分析不足 / 経歴の乖離 / 書類不備 / Added Value 曖昧 / 計画変更) を回避。
- 取得は始まりに過ぎない。2 年後の更新、5 年後の永住権・帰化までを見通した戦略を最初から持つ。
最新の評価基準・申請料・必要書類は IND 公式 (https://www.ind.nl/) で必ずご確認ください。本記事は 2026 年 5 月時点の情報に基づいており、制度変更は四半期単位で起こります。
免責: 本記事は一般情報です。個別判断は専門家 (移住エージェント・税理士・弁護士) にご相談ください。仁田坂は 2025 年の自営業ビザ移住経験を共有していますが、税理士・弁護士・行政書士ではありません。最終的な申請判断はご自身の責任で行ってください。