オランダの現地企業にエンジニアとして移る日本人が迷いやすいのが、EUブルーカードと高度人材ビザです。英語では European Blue Card と Highly Skilled Migrant、オランダ語では後者を kennismigrant と呼びます。どちらも「高い専門性を持つ人が、雇用契約をもとにオランダで働く」ための在留許可ですが、申請の入口、給与基準、雇用主の条件、将来のEU内移動性が同じではありません。
結論から言うと、オランダの認定スポンサー企業に普通に採用される日本人エンジニアは、まず高度人材ビザを検討するのが現実的です。一方で、雇用主がINDの認定スポンサーではない、将来ほかのEU加盟国へ移る可能性が高い、学歴またはIT職歴を使ってEUブルーカードの条件を満たせる、といった人はEUブルーカードが候補になります。どちらが「得」かは、給与額だけでなく、雇用主の体制と今後のキャリア設計により異なります。
この記事は、2026年6月15日時点で確認できるIND公式情報を中心に、日本人エンジニアが内定前に見るべき判断軸を整理します。個別の在留可否、契約書の解釈、税務上の扱いは事情により異なるため、最終判断はIND公式ページ、雇用主の移民担当者、必要に応じて資格を持つ専門家に確認してください。
結論は「通常は高度人材ビザ、条件が合えばEUブルーカード」です
日本人エンジニアの比較では、「EUブルーカードの方が名前として強そうだから上位互換」と考えない方が安全です。IND自身も、EUブルーカードと高度人材ビザは別の在留許可であり、要件が異なると説明しています。実務では、オランダで採用に慣れているテック企業や外資系企業の多くは、高度人材ビザの認定スポンサー制度を前提に採用フローを組んでいます。
高度人材ビザが向くケース
高度人材ビザが向くのは、雇用主がINDの認定スポンサーで、提示給与が2026年のHSM基準を満たし、入社後もしばらくオランダで働く予定が中心というケースです。HSMは、会社側が認定スポンサーとして申請できることが前提なので、採用プロセスが整っている会社では話が早いです。
日本からオランダの会社へ移る場合、面接の早い段階で「Can you sponsor a Highly Skilled Migrant permit?」と聞けば、会社側の経験値が見えます。すぐに認定スポンサー名、申請担当、過去のHSM採用実績が出てくる会社なら、本人が制度を一から説明する負担は小さくなります。逆に、給与は高いのにスポンサー制度を理解していない会社では、HSMでもEUブルーカードでも準備に時間がかかる可能性があります。
EUブルーカードが向くケース
EUブルーカードが向くのは、認定スポンサーではない雇用主でも条件を満たせる場合や、将来ドイツ、ベルギー、フランスなど別のEU加盟国へ移る可能性を残したい場合です。INDのEUブルーカードページでは、認定スポンサーは必須ではないとされています。これはHSMとの大きな違いです。
ただし、認定スポンサーが不要ということは、何も審査されないという意味ではありません。雇用契約、給与、会社の経済活動、学歴または職歴、必要に応じた資格確認などをそろえる必要があります。ITエンジニアの場合、一定の関連職歴で条件を満たせる余地がありますが、本人の経歴がその職務に対応しているかは個別に見られます。
「得」の意味を三つに分けます
この記事でいう「得」は、単に手取りが多いという意味ではありません。第一に、申請が通りやすく、入社日に間に合うか。第二に、転職や失職時の選択肢が残るか。第三に、将来EU内で動く可能性や長期滞在の計画に合うかです。
たとえば、オランダだけで働く予定ならHSMの方が実務的に楽なことがあります。一方、数年後に別のEU国へ移る前提なら、EUブルーカードの移動性は意味を持ちます。日本から初めてオランダへ来る段階では、制度名の印象より、雇用主が現実にどのルートを責任を持って進められるかを優先して見るのがよいです。
給与基準とスポンサー条件は最初の分岐点です
2026年のIND給与基準では、30歳以上の高度人材ビザと通常のEUブルーカードはいずれも月額€5,942です。30歳未満のHSMは月額€4,357、HSMの減額給与基準は月額€3,122です。EUブルーカードにも減額基準がありますが、2026年は月額€4,754で、HSMの減額基準より高いです。
30歳未満ならHSMの方が給与面で有利になりやすいです
日本人エンジニアが20代でオランダへ転職する場合、給与面だけを見るとHSMの30歳未満基準が有利になりやすいです。2026年の月額€4,357という基準は、EUブルーカード通常基準の月額€5,942より低いため、ジュニアからミドル手前のポジションでも届く可能性があります。
ただし、HSMの給与は「年収の雰囲気」では判断しません。INDは月額グロス基準を示しており、休暇手当や不確実な残業代など、給与基準に含まれない項目があります。求人票で「annual gross including holiday allowance」と書かれている場合は、月額基準をそのまま満たすかを分けて確認する必要があります。
認定スポンサーはHSMの入口です
HSMでは、雇用主がINDに認定されたスポンサーであることが要件です。INDの公開レジスターでは、認定スポンサーをカテゴリ別に確認できます。日本人が見るべきなのは、求人票のブランド名ではなく、実際に雇用契約の相手になるオランダ法人名です。
たとえば、グローバル企業の日本支社、欧州統括会社、オランダ現地法人で名前が異なることがあります。採用ページに有名ブランド名が出ていても、契約当事者が認定スポンサーとして登録されているとは限りません。内定前には、雇用主の正式法人名とINDレジスター上の表記を合わせて確認してください。
EUブルーカードは認定スポンサー外でも可能性があります
EUブルーカードでは、雇用主が認定スポンサーであることは必須ではありません。これは、スタートアップや中小企業、まだHSMの認定スポンサーになっていない会社からオファーを受けた場合に意味があります。給与が十分で、雇用契約があり、会社が経済活動を行い、本人が学歴または職歴要件を満たすなら、HSMではなくEUブルーカードとして検討できる可能性があります。
ただし、認定スポンサー外の会社では、会社側が移民手続きに慣れていないこともあります。申請書の準備、郵送手続き、給与支払いの設計、家族帯同の同時申請などで時間がかかることがあります。早く入社したい場合は、制度上の可能性だけでなく、会社が期限内に書類を整えられるかも見てください。
学歴・職歴の見られ方は同じではありません
日本人エンジニアにとって、学歴と職歴の扱いは大きな差分です。HSMは、INDの要件上は認定スポンサー、雇用契約、給与基準、市場相場に沿った給与であることが中心です。一方、EUブルーカードは「高度な資格を持つ仕事」という性格が強く、学歴または職歴をより明確に見ます。
HSMでは雇用主と給与の設計が中心です
HSMでは、雇用主が認定スポンサーであること、給与が基準を満たすこと、給与が市場相場に沿っていることが重要です。大学卒業証明がまったく不要という意味ではありませんが、EUブルーカードのように「高等教育プログラムが少なくとも3年」または「一定年数の関連職歴」といった形で前面に出る制度ではありません。
日本のIT業界では、大学の専攻と実務内容が一致しない人も珍しくありません。文系学部からエンジニアになった人、専門学校や独学から実務に入った人、SIerからプロダクト企業へ移った人もいます。こうした人にとっては、認定スポンサー企業からHSMで採用される方が、学歴証明の不安を小さくできることがあります。
EUブルーカードでは卒業証明や職歴証明が重くなります
INDのEUブルーカード要件では、少なくとも3年の高等教育プログラムの卒業証明があるか、関連する職歴が一定年数あることが示されています。ITマネージャーやIT専門職については、申請前7年のうち少なくとも3年の関連職歴が必要とされています。
日本人エンジニアがEUブルーカードを狙う場合、職務経歴書だけでなく、在籍証明、職務内容、役割、期間、プロジェクトの性質を説明できる資料が重要になります。日本企業の職務経歴書は抽象的になりやすいため、オランダ側の申請で使えるように、担当業務、使用技術、責任範囲、雇用期間を英語で整理しておくとよいです。
学歴評価が必要になる可能性を早めに見ます
EUブルーカードで外国の学位を使う場合、INDページではNufficによる評価が必要になると説明されています。日本の大学名や学位が有名かどうかではなく、オランダの制度上どの水準に相当するかを確認する手続きです。これには時間がかかる可能性があります。
採用側が「Blue Cardでいけるはず」と言っていても、学位評価や職歴証明の準備が遅れると入社日に影響します。日本で卒業証明書や成績証明書を取り寄せる場合、英語発行、電子発行、郵送、アポスティーユや翻訳の要否などで時間差が出ます。HSMと比べて、EUブルーカードは本人側の証明書準備の比重が大きくなると見ておくのが無難です。
EU内移動性と転職リスクはEUブルーカードの強みです
EUブルーカードの大きな特徴は、オランダ国内だけでなく、EU内での移動性を持つ点です。INDは、EUブルーカードでは別のEU参加国で一定期間ブルーカードを持っていた人がオランダに移る場合の長期移動性にも触れています。HSMはオランダ国内制度なので、別のEU加盟国へ移る場合には、その国の制度で改めて考える必要があります。
EU内でキャリアを動かす予定があるなら差が出ます
たとえば、最初はアムステルダムのテック企業で働き、数年後にベルリンやブリュッセルへ移る可能性がある人は、EUブルーカードの価値が上がります。EUブルーカードは各国で同じ名前の制度として運用されるため、国をまたぐ高技能人材の移動を想定しています。
ただし、EUブルーカードを持てばEU内どこでも自由に働ける、という単純な制度ではありません。国ごとの申請、給与基準、雇用契約、手続きは残ります。日本人エンジニアにとっては、「将来の選択肢を残しやすい制度」くらいに理解するのが現実的です。
長期EU居住者の考え方でも差があります
INDは、EUブルーカード保持者について、一定条件のもとでオランダ以外のEU国での滞在も含めて長期EU居住者の要件に関係しうる例外を示しています。たとえば、申請時点でオランダに少なくとも2年連続してブルーカードで住み、その前に別のEU国でブルーカードを持っていた期間がある場合など、通常の「オランダだけで5年」とは違う見方が出ます。
一方、HSMはオランダで5年滞在して永住や長期滞在を考える人には十分に強いルートです。オランダに定着する予定なら、HSMで安定して働き、住民登録、税務、保険、統合試験などを進める方が分かりやすい場合があります。EU全体で動く人はEUブルーカード、オランダ定着型の人はHSM、という整理は一つの目安になります。
失職時の猶予は在留許可の期限内で考えます
INDは、HSMでもEUブルーカードでも、在留許可が有効な間に仕事を失った場合の求職期間に触れています。基本的には最大3か月、許可を2年以上持っている場合は最大6か月の求職期間が示されています。ただし、この期間は在留許可の有効期限を超えることはできません。
これは「何もしなくてもよい休暇期間」ではなく、新しい雇用主、給与基準、申請または通知を整えるための期間です。日本人エンジニアが転職する場合、退職日、新しい契約開始日、雇用主が認定スポンサーか、EUブルーカードの要件を満たすかを、退職前から確認してください。給与が高くても、次の雇用主が制度に不慣れだと空白期間のリスクが上がります。
日本人特有の実務差分はMVV免除と30% rulingです
日本人がEUブルーカードとHSMを比べるときは、制度そのものに加えて、日本国籍による手続き差分も見ます。特にMVV免除と30% rulingは、求人や移住準備の会話に出やすい項目です。ただし、どちらも在留許可の本体要件を置き換えるものではありません。
日本国籍者はMVV免除でも在留許可は必要です
INDのMVVページでは、日本国籍者はMVVが不要な国籍の一つとして示されています。MVVは長期滞在用の入国査証であり、日本人はこの入国査証が不要になる場合があります。しかし、90日を超えてオランダで働くなら、EUブルーカードまたはHSMなどの在留許可は必要です。
「日本のパスポートならビザなしで入れる」という短期滞在の感覚と、「オランダで雇用されて働ける」という在留資格は分けてください。MVV免除により在外公館での入国査証手続きが軽くなることはありますが、IND審査、居住許可カード、雇用主のスポンサーまたは申請手続き、BSN取得、住民登録、健康保険加入などは別に進みます。
30% rulingは在留資格ではなく税務制度です
30% rulingは、オランダ国外から採用された高度な専門性を持つ従業員について、一定条件で給与の一部を非課税手当として扱える制度です。Government.nlは、条件を満たす外国人従業員について、給与の最大30%相当の非課税手当が可能と説明しています。2024年以降は段階的な縮小の扱いがあり、2027年以降の見直しも予定として言及されています。
重要なのは、30% rulingはHSMやEUブルーカードそのものではないことです。30% rulingが使える可能性があっても、INDの給与基準を満たさなくてよいわけではありません。税務上の手取りが増えるかどうかと、在留許可の給与基準を満たすかどうかは、別のチェックとして扱ってください。
内定前に聞くべき質問はシンプルです
日本からオランダへ移るエンジニアは、内定前に次の質問を会社へ確認すると判断しやすくなります。雇用主はINDの認定スポンサーか。申請ルートはHSMかEUブルーカードか。契約上の月額グロス給与は、休暇手当を除いて2026年基準を満たすか。30歳未満基準や減額基準を使う場合、その根拠は何か。EUブルーカードなら、学位評価や職歴証明を誰がいつ準備するか。
さらに、入社日が年をまたぐ場合は、新しい年の給与基準で不足しないかを確認します。家族帯同があるなら、同時申請の有無と家族分の書類も確認します。日本人はMVV免除の対象ですが、許可カードの受け取り、住民登録、住宅契約、健康保険開始日がずれると生活側で困るため、移住日程も在留手続きと一緒に組むのが現実的です。
最後に、どちらを選ぶかの目安をまとめます。認定スポンサー企業に採用され、オランダでまず働くことを優先するならHSMが第一候補です。認定スポンサーではない会社から高い給与でオファーがあり、学歴またはIT職歴を説明でき、将来EU内の国移動も視野に入れるならEUブルーカードが候補です。給与だけで決めず、雇用主の手続き経験、証明書準備、入社希望日、将来の移動計画を合わせて見ると、自分にとって「得」な選択に近づきます。