オランダで気分の落ち込み、不安、不眠、仕事や学校への強い負担感を相談したいとき、日本人が最初につまずきやすい壁は二つあります。一つは、症状を英語やオランダ語で説明する言葉の壁です。もう一つは、日本のように自分で心療内科やカウンセリング先を選んで直接予約する感覚と、オランダの紹介制が違うことです。
この記事は、オランダのメンタルヘルス医療で使われる GGZ、huisarts、POH-GGZ、basis GGZ、gespecialiseerde GGZ の入口を、日本人移住者の実務目線で整理するものです。診断、治療方針、薬の判断を示すものではありません。自傷や他害の危険、生命に関わるおそれ、急な混乱や強い危機感がある場合は、この記事を読み進めるより先に 112、huisarts、または時間外の huisartsenpost に連絡してください。
まず入口を整理する — huisarts と POH-GGZ が最初の相談先です
日本の「心療内科を探す」と前提が違います
日本では、眠れない、不安が続く、仕事へ行けない、涙が止まらないといった状態になったとき、自分で心療内科、精神科、カウンセラーを検索して予約する発想が自然です。紹介状が必要な病院もありますが、患者側が診療科や相談先を選ぶ余地が比較的大きいです。
オランダでは、心理的不調も多くの場合 huisarts、つまり家庭医が入口になります。Rijksoverheid は、軽い心理的不調は huisarts が扱い、必要に応じて praktijkondersteuner GGZ、一般に POH-GGZ と呼ばれる診療所内のメンタルヘルス支援職と一緒に対応すると説明しています。ここで改善が難しい、または問題が重く複雑だと判断されると、GGZ の医療提供者へ紹介される流れになります。
この違いを知らないまま「英語で受けられる心理士を直接探す」から始めると、保険、紹介状、待機、契約医療機関の確認で止まりやすいです。最初の行動は、理想の専門家を探し切ることではなく、自分の huisarts に心理的不調として相談することだと考えると、制度上の道筋が見えやすくなります。
POH-GGZ は軽い相談だけの相手ではありません
POH-GGZ は、huisarts の診療所でメンタルヘルス相談を受ける専門職です。日本語では「簡単なカウンセリング担当」と見えてしまうことがありますが、実務上は、症状の整理、短期的な支援、e-health の案内、必要な場合の紹介判断の材料づくりに関わる入口です。最終責任は huisarts に残る形が一般的です。
日本人にとって大事なのは、POH-GGZ との相談で「ここで終わり」と決めつけないことです。軽い不調なら診療所内で続ける場合があります。一方で、症状の重さ、生活への影響、既往歴、リスク、本人の希望を踏まえ、basis GGZ や gespecialiseerde GGZ への紹介につながることもあります。どの道になるかは個別事情により異なるため、初回から診断名を自分で決め込まず、困っている事実を具体的に伝えることが重要です。
会社員は bedrijfsarts も入口になり得ます
仕事のストレス、燃え尽き、休職、職場復帰が関係する場合は、huisarts だけでなく bedrijfsarts、つまり会社医が関わることがあります。Government.nl と Rijksoverheid は、心理的な問題で huisarts や company doctor に相談でき、必要に応じて精神保健の専門職へ紹介される場合があると説明しています。
日本人会社員は、会社医と聞くと「会社側の人に弱みを見せるのではないか」と不安になりやすいです。ただ、オランダでは職場復帰や就労可否の判断に bedrijfsarts が関わる場面があります。医療情報や職場に共有される内容の扱いは状況により異なるため、何が誰に伝わるのかを確認しながら進めるのが安全です。職場の問題と医療の問題が重なっている場合は、huisarts と bedrijfsarts の役割を分けて考えると混乱が減ります。
紹介状の前に準備すること — 症状を短い材料に変えます
予約時は「何科に行きたい」より「何に困っているか」を伝えます
huisarts に予約するときは、「GGZ に紹介してください」と最初から結論だけを言うより、いま何に困っているかを短く伝えるほうが通じやすいです。たとえば、眠れない日が何週間続いているのか、仕事や育児に支障が出ているのか、食欲や集中力がどう変わったのか、パニックのような発作があるのか、自分を傷つけたい気持ちがあるのか、といった情報です。
英語では、長い説明よりも “I have been feeling anxious for three weeks and it is affecting my work and sleep.” のような一文が役に立ちます。自傷の考えや安全上の危険がある場合は、遠回しにせず “I do not feel safe” や “I have thoughts of harming myself” のように、緊急度が伝わる表現を使う必要があります。言いにくい内容ほど、メモを見せる形でも構いません。
私が 2025 年にオランダへ移ってから感じたのは、医療相談では「不安です」だけでは次の判断に進みにくく、「何日続いたか」「何ができなくなったか」「危険な考えがあるか」を短く出すほうが、相手も動きやすいということです。日本語の感覚では冷たく聞こえるほど事務的でも、制度の中ではその整理が助けになります。
言葉の壁は、完璧な英語より準備で下げます
メンタルヘルスの相談では、痛みの場所を指さすようには説明できません。孤独感、焦り、罪悪感、動悸、過覚醒、トラウマの記憶、希死念慮など、言葉にしにくい内容が中心になります。英語やオランダ語が十分でないと、「本当は深刻なのに軽く見られるのではないか」という不安が強くなります。
完璧な英語を目指す必要はありません。受診前に、日本語で症状を書き出し、翻訳しやすい短文に直しておくとよいです。「いつから」「頻度」「睡眠」「食事」「仕事や学校」「家族への影響」「危険な考え」「過去の診断や服薬」「今ほしい助け」を箇条書きにします。翻訳アプリを使う場合も、診察中に長文をその場で作るより、事前に短文を用意しておくほうが誤訳の確認をしやすいです。
日本語対応の専門家を探したくなる気持ちは自然です。ただし、日本語対応だけを条件にすると、待機が長くなったり、保険適用や紹介状の条件が合わなかったりする可能性があります。日本語で話せる相手を探すことと、オランダの医療制度上の入口に乗ることは別の作業です。私なら、まず huisarts に相談して紹介制の入口を確保しつつ、言語希望や英語対応の可否を同時に確認します。
初回相談で確認したい質問を用意します
初回相談では、診断名を一度で確定することより、次の行動を明確にすることが大切です。聞きたいことをその場で考えると、緊張や言語の負荷で抜け落ちやすいです。事前に質問を三つから五つほど書いて持って行くと、相談後に「結局どうすればよいのか」が残りにくくなります。
確認したいのは、まず「この診療所内で POH-GGZ に相談できるか」です。次に「basis GGZ や gespecialiseerde GGZ の紹介が必要か、判断の目安は何か」です。さらに「悪化したとき、夜間や週末はどこへ連絡すべきか」「待機が発生する場合、その間に何をしてよいか」「保険会社に確認すべき条件は何か」を聞きます。
紹介を求めたのにすぐ紹介されない場合もあります。その場合は、拒否されたと受け止める前に、再相談の目安を確認してください。たとえば「何週間改善しなければ再連絡するのか」「どの症状が出たら急いで連絡するのか」「職場や家族へどの程度説明すべきか」です。医療判断は医師の領域ですが、次の基準を聞くことは患者側の自然な行動です。
basis GGZ と gespecialiseerde GGZ — 名前より重さと複雑さで分かれます
basis GGZ は軽度から中等度の相談を扱います
Rijksoverheid は、軽度から中等度の心理的問題は basis GGZ の対象になり得ると説明しています。支援の形は、心理士、心理療法士、精神科医などとの面談、e-health、面談とオンライン支援の組み合わせなどです。日本語で「カウンセリング」と一言でまとめたくなりますが、実際には医療上の評価、短期の治療、オンライン課題、再評価が組み合わさる場合があります。
日本人にとっての注意点は、basis GGZ が「軽いから大したことがない」という意味ではないことです。日常生活に支障が出ている不安、抑うつ、適応の問題などでも、まずこの範囲から始まることがあります。逆に、自分では重いと感じていても、医療側は診療所内での支援や basis GGZ から始めると判断する場合があります。ここは本人のつらさを否定する話ではなく、制度上の段階の違いとして理解するほうが進めやすいです。
gespecialiseerde GGZ は重く複雑な症状の専門支援です
gespecialiseerde GGZ は、重く複雑な精神疾患や、より専門的な評価と治療が必要な場合に使われる領域です。Rijksoverheid は、ADHD、不安障害、トラウマ処理などの例を挙げ、精神科医や臨床心理士が、精神科施設、病院、個人の診療所などで治療する場合があると説明しています。
ここで重要なのは、病名の自己判断だけで専門 GGZ に直行するものではないことです。日本で診断名があった人も、オランダでは現在の状態、過去の治療歴、薬、リスク、生活への影響を huisarts に共有し、必要性に応じて紹介を受ける流れになります。日本の診断書や検査結果は材料になりますが、それだけで現地の受診先や治療内容が自動的に決まるわけではありません。
すでに日本で精神科や心療内科に通っていた人は、移住前に薬の一般名、用量、服用頻度、診断名、治療歴、入院歴、アレルギー、副作用歴を英語でまとめておくとよいです。薬を切らさない期間をどう確保するかは医師や薬剤師への相談が必要です。自己判断で中断したり、別の薬へ置き換えたりすることは避けてください。
待機と保険は「紹介された後」にも確認が必要です
GGZ は紹介状が出ればすぐ始まるとは限りません。地域、医療機関、症状、保険契約、空き状況により、待機が発生することがあります。待っている間のつらさを軽く見るべきではありませんが、待機があるからといって別ルートで自費受診すれば必ず早く安全に解決する、という話でもありません。
紹介されたら、紹介先、想定される待機、初回 intake の言語、オンライン支援の有無、保険契約、自己負担の可能性を確認します。Government.nl は、primary と secondary の精神保健医療について、保険で全額または一部がカバーされ、条件は保険会社と契約内容によると説明しています。つまり、「GGZ は保険に入っていれば全部同じ」ではありません。
保険会社に聞くときは、医療判断ではなく支払い条件と契約先の確認に絞ると話が進みます。「この紹介先は自分の保険で契約医療機関か」「紹介状の形式に条件はあるか」「eigen risico や追加保険の影響はあるか」「英語対応や近隣の選択肢を確認できるか」といった質問です。医療上の緊急度は huisarts や医療機関に相談する領域で、保険会社は診断をする場所ではありません。
危機・子ども・職場ストレス — 入口が少し変わる場面があります
急な危機では「次の予約」まで待たないでください
Government.nl は、心理的な危機では普段の対処が崩れ、急な抑うつ、妄想、パニック、自殺行動、他者への暴力などが起こり得ると説明し、その場合は GP に直ちに連絡し、必要なら地域の crisis intervention team につながると案内しています。生命に関わる危険がある場合は 112 が優先です。
日本人は、精神的な危機を「迷惑をかける」「大げさかもしれない」と考えて我慢しがちです。しかし、メンタルヘルスの危機は、本人の努力不足ではなく医療・安全の問題として扱うべき場面があります。自分や周囲の安全が保てない、現実感が揺らいでいる、強い衝動がある、子どもを安全に見られない、といった場合は、通常予約やメール返信を待つ段階ではありません。
危機時に英語で説明するのは難しいため、平時に連絡先をまとめておくことが役に立ちます。huisarts、huisartsenpost、112、保険会社、信頼できる家族や友人の連絡先をスマートフォンと紙の両方に保存します。私なら、危機時用の英語文として “I am in a mental health crisis and I do not feel safe.” をメモに入れておきます。
18歳未満は jeugd-GGZ と自治体の関わりを見ます
子どものメンタルヘルスでは、成人と同じ流れだけで考えるとずれることがあります。Government.nl は、18歳未満の子どもや若者は jeugd-GGZ の支援対象になり、紹介は GP、自治体に雇用または委託されたケア専門職、医療専門医、小児科医などから受けられると説明しています。また、治療計画には保護者も関わるとされています。
日本人家族にとって難しいのは、学校、家庭、医療、自治体の役割が絡むことです。日本では「病院に行く」だけで考えがちですが、オランダでは学校での様子、家庭の状況、自治体の youth care、GP の判断が関係する場合があります。子どもの不登校、不安、発達の相談、睡眠や食事の乱れ、親子関係の負担などは、どこに話すかを一つに絞りすぎないほうが現実的です。
親が用意するとよい情報は、症状の時系列、学校や保育園での変化、睡眠、食欲、友人関係、家庭内で困っている場面、日本での診断や支援歴、服薬、検査結果です。子ども本人の言葉も大切ですが、親の解釈だけにならないよう、本人がどう感じているかを短く書き留めておくと相談しやすくなります。
職場ストレスは医療相談と勤務調整を分けます
職場のストレス、過労、ハラスメントが疑われる状況、長期欠勤、復職不安がある場合、huisarts への医療相談と、bedrijfsarts を通じた勤務調整が並行することがあります。ここで混乱しやすいのは、「会社に話すこと」と「医師に話すこと」が同じではない点です。
huisarts には、睡眠、食欲、不安、抑うつ、身体症状、危機感、薬や既往歴を中心に相談します。bedrijfsarts には、仕事がどの程度できるか、何が負担になっているか、休職や復職の段階をどう考えるかが関わります。どちらにも同じ事実を伝える必要がある場面はありますが、共有される情報の範囲や目的を確認しながら進めると安心です。
日本人は、会社に迷惑をかけないように限界まで耐える傾向があります。ただ、オランダでは就労継続や復職に医療的な判断が関わるため、早めに相談したほうが結果的に選択肢を残しやすいです。とはいえ、退職、休職、労務、保険の判断は個別事情により大きく変わります。この記事だけで決めず、必要に応じて専門家や関係機関に確認してください。
日本人が詰まりやすい実務とセルフチェック
日本の診断名と薬は、英語の材料に直します
日本でうつ病、不安障害、ADHD、双極性障害、PTSD、適応障害などの診断や治療歴がある場合、それを隠す必要はありません。ただし、日本語の診断書や薬の商品名だけでは、オランダ側がすぐ判断しにくいことがあります。診断名の英語、治療開始時期、現在の症状、過去の入院歴、自傷や危機の有無、薬の一般名と用量を整理します。
薬については、同じ商品名がオランダにないことがあります。自分で似た薬を探して買うのではなく、医師や薬剤師に一般名と用量を見せて相談します。サプリメント、漢方、市販薬、睡眠補助の使用も、相互作用や副作用の判断に関わる可能性があるため、伝えたほうが安全です。
過去の治療歴を話すことに抵抗がある人もいます。私も日本語なら説明できることを英語にすると、急に自分の経験が薄くなる感覚がありました。だからこそ、診察室で思い出そうとせず、事前に一枚のメモにしておくことをすすめます。完璧な翻訳ではなく、医師が次の質問をしやすい材料になれば十分です。
保険・費用・言語希望は別々に確認します
メンタルヘルス相談では、「紹介されるか」「保険で払えるか」「英語や日本語で話せるか」が同時に気になります。ただ、この三つは別の確認事項です。紹介の必要性は huisarts や医療機関が判断します。保険での扱いは、保険会社と保険契約により異なります。言語対応は、紹介先や担当者の空きに左右されます。
一度に全部を解決しようとすると、問い合わせが複雑になります。まず huisarts に相談して医療上の入口を作ります。紹介が出たら、紹介先に言語対応と intake の流れを確認します。並行して、保険会社に契約医療機関、自己負担、紹介状の条件を確認します。日本語対応を希望する場合も、「日本語でなければ受けない」と固定する前に、英語対応、e-health、通訳や同席の可否、待機期間を比較したほうが現実的です。
通訳や家族同席については、医療機関、内容、プライバシー、費用の扱いにより対応が異なる可能性があります。特にメンタルヘルスでは、家族がいることで話しやすくなる場合もあれば、話しにくくなる場合もあります。本人が安全に話せる形を優先し、必要なら事前に医療機関へ確認してください。
相談前の短いメモを作ります
最後に、実際に huisarts へ持って行くメモの型を決めておくと、言葉の壁がかなり下がります。長文ではなく、短い項目で構いません。たとえば、症状は「不安、落ち込み、不眠、動悸」、期間は「三週間」、生活への影響は「仕事に集中できない、朝起きられない」、安全面は「自分を傷つける考えはない」または「あるので急いで相談したい」と書きます。
次に、背景として「日本から移住して間もない」「家族が近くにいない」「仕事の負荷が高い」「過去に同じ症状で治療歴がある」などを入れます。薬や診断歴がある人は、一般名、用量、いつから飲んでいるかを書きます。最後に、質問として「POH-GGZ に相談できますか」「GGZ への紹介が必要ですか」「悪化したらどこへ連絡すべきですか」「保険会社に何を確認すべきですか」を並べます。
オランダの GGZ へのアクセスは、日本人にとって遅く、遠回りに感じられることがあります。それでも、huisarts に入口を作り、症状を短く言語化し、紹介制と保険条件を分けて確認すれば、動ける範囲はあります。大切なのは、限界まで一人で抱え込まないことです。医療判断は専門家に任せながら、自分が伝えるべき材料を整え、必要なときに急いで助けを求める準備をしておくことが、オランダでメンタルヘルスを守る現実的な第一歩になります。