この記事について: オランダ移住の計画中に、私たちは新しい家族を迎えることも見据えていました。そこで移住前に、オランダの出産と産後ケアの仕組みをかなり調べました。この記事は、その「調べたこと」を当事者の視点で整理したものです。医療・制度は変わりますし、最終的な判断は必ず公的な最新情報と専門家にあたってください。
出産が移住計画の「軸」になった
移住の準備を進めるなかで、私たち家族には、新しい命を迎える予定もありました。前の記事(渡航準備の全記録)でも書いたとおり、妊娠と渡航のタイミングは、私たちの移住計画の最大の変数でした。
そうなると当然、こう考えます。もしオランダで出産することになったら、いったいどういう仕組みなのだろう? 日本の産科のイメージしか持っていなかった私たちにとって、これはまったく未知の領域でした。だから移住前に、徹底的に調べました。調べてわかったのは、オランダのお産が、日本のそれとは思想からして違う、ということでした。
助産師が主役で、医師は「必要なときだけ」
日本では、妊娠したらまず産婦人科に行き、お産は基本的に医師が関わるのが一般的です。ところがオランダでは、正常な妊娠・出産は、医師ではなく助産師(verloskundige)が中心になって担います。
リスクの低い通常の妊娠は、まず助産師が一次的にケアをします。経過のなかで医療的な対応が必要だと判断されたときに、はじめて病院・産科医へと引き継がれる。つまり「全員がまず病院」ではなく、「必要な人だけが病院」という設計です。お産の場所も、病院だけでなく、自宅出産や水中出産といった選択肢が、日本よりずっと身近にあると聞きました。
麻酔についても文化が違います。日本では無痛分娩がまだ特別な選択肢の色合いがありますが、オランダでは硬膜外麻酔(いわゆる無痛分娩)を選ぶ人が一定の割合でおり、年々増えているとのこと。ただし麻酔は必ず病院で、麻酔科医のもとで行われます。「自然に任せる」文化と「必要なら医療を使う」という線引きが、はっきりしている印象を受けました。
体験メモ:日本人がいちばん戸惑うポイント
私が最初に戸惑ったのは「妊娠したのに、すぐ大きな病院に通うわけではない」という点でした。日本の感覚だと不安になりますが、これは医療の手抜きではなく、「正常なお産は医療化しすぎない」というオランダの一貫した思想なのだと理解すると、腑に落ちました。価値観ごと違う、と捉えるのが正解だと思います。
「クラームゾルフ」— 産後に自宅へ来てくれる仕組みに驚いた
調べていていちばん驚き、そして魅力的に感じたのが、クラームゾルフ(kraamzorg) という産後ケアの仕組みでした。
これは、出産後の数日間、産褥ケアの専門スタッフが自宅に来てくれる制度です。赤ちゃんと母親の健康チェックはもちろん、授乳のサポート、さらには家事(掃除・洗濯・食事の用意など)まで手伝ってくれる。期間は保険の内容にもよりますが、おおむね出産後の数日から1週間ほど。日本でいう「里帰り出産」で家族が担っていたようなサポートを、国の仕組みとして用意している、という言い方がいちばん近いと感じました。
遠い異国で、頼れる親族もそばにいない状態で出産する——その不安を一気に和らげてくれるのが、このクラームゾルフでした。「これがあるなら、海外でも産める」と、調べながら少し肩の力が抜けたのを覚えています。
産前から産後にかけてのケアが、複数の専門職の連携で成り立っているのも印象的でした。妊娠中は助産師が経過を見守り、出産時に支え、産後はクラームゾルフのスタッフが自宅でのケアを担う。日本のように一つの産院がすべてを抱えるのではなく、役割が分かれた専門職がバトンをつなぐように関わっていく。私はこの「分業による手厚さ」に、オランダらしい合理性を感じました。里帰りや祖父母の手を前提にしなくても、社会の仕組みとして母子を支える設計になっている——移住者にとって、これ以上に心強い前提はありません。
ちなみに、私の配偶者はもともと専門職で、オランダには日本の医療資格を書き換えて現地で働ける制度(BIG-register)があることも、移住準備のなかで調べていました。職種によって求められるオランダ語のレベルは異なり、決して簡単な道ではありませんが、「産む側」としてだけでなく「支える側」としてもこの国の医療を見ていたことは、制度を立体的に理解するうえで大きかったと思います。
医療保険は「民間中心」— 毎年見直す前提だった
お産の費用を考えるうえで、避けて通れないのが医療保険の仕組みです。ここも日本とは大きく違いました。
オランダの医療保険は、民間の保険会社が提供するものが中心です。国民は基本の保険(basisverzekering)への加入が義務づけられており、そのうえで必要に応じてオプションの保険を上乗せします。日本のように勤め先や自治体経由で半ば自動的に決まるのではなく、自分で保険会社とプランを選び、しかも毎年見直せる(切り替えられる) のが特徴です。鍼灸のような補完的なケアは、オプション保険でカバーする、といった調整も自分で行います。
出産そのものの費用感も調べました。あくまで私が移住前に得た目安ですが、通常分娩でおよそ40万円前後、帝王切開になるとさらに高くなる、という水準でした。保険の月額も、加入時期やプランによって幅があります。「何が基本でカバーされ、何が自己負担なのか」を、加入前にきちんと把握することの重要性を痛感しました(金額・カバー範囲は年や契約で変わるため、必ず最新の約款と公的情報で確認してください)。
海外で産むと、日本側の手続きも待っている
オランダの仕組みだけでなく、「海外で子どもが生まれた場合の日本側の手続き」も、移住前に確認しておくべき重要事項でした。
ひとつは戸籍です。海外で生まれた子の出生届は、日本国内で生まれた場合(出生から14日以内)よりも猶予がありますが、それでも3か月以内に在外公館(大使館・領事館)などへ提出する必要があります。さらに重要なのが国籍です。オランダは「その国で生まれれば自動的に国籍が得られる(出生地主義)」という制度ではありません。そのため、何も手続きをしないと子どもが無国籍になりかねず、日本国籍を確保するための届け出を期限内に行う必要があります。ここは知らないと取り返しがつかない論点なので、私は特に念入りに調べました。
お金の面では、日本の公的医療保険から支給される「出産育児一時金」が、海外出産でも受け取れる場合があることもわかりました(おおむね出産翌日から2年で時効になるなど、申請には条件と期限があります)。受け取れるものは受け取る。これも、移住前に押さえておきたいポイントでした。
体験メモ:移住者だからこそ、二か国分の手続きが要る
海外で出産すると、「現地でのお産」と「日本側の戸籍・国籍・給付の手続き」の両方を、同時に走らせることになります。私が学んだのは、出産前にこの二か国分のチェックリストを作っておくこと。産後は赤ちゃんの世話で手いっぱいになり、期限ものの書類を落としやすいからです。
調べてわかった、いちばん大事なこと
オランダの出産と産後ケアを移住前に調べ尽くして、私がたどり着いた結論はシンプルです。仕組みは違うが、安心して産める国だということ。そして、その安心は、事前に仕組みを理解しておくことで初めて手に入るということです。
助産師中心のお産、クラームゾルフという産後の支え、自分で選ぶ保険、そして二か国にまたがる手続き。どれも、日本の「当たり前」のままで臨むと戸惑う部分です。けれど、ひとつずつ調べて自分の言葉で理解しておけば、異国での出産は、思っていたほど怖いものではなくなります。
逆に言えば、知らないまま現地に着いてしまうと、いちばん不安なタイミングで制度の壁にぶつかることになります。妊娠が分かってから保険のプランを選び直せるのか、出産費用の自己負担はいくらなのか、産後ケアは何日来てくれるのか——こうした問いに、移住前から自分なりの答えを持っておく。それだけで、現地での数か月の安心感がまるで変わってきます。私自身、調べておいてよかったと心から思っています。
私たちが「1stop.direct」で続けているのは、まさにこの「移住者がつまずきやすい仕組みを、当事者の視点で先に調べておく」という作業です。出産のような、人生の大きな出来事こそ、情報の差が安心の差になります。これから海外でお子さんを迎える方の、調べる手がかりになればうれしいです。